美人新米記者の細うで繁盛記
〜日々是珍道中〜
僕の友人に、秋田で昨年の春から新聞記者として働いている女の子がいます。彼女はそこで何を見て、何を知って、何を聞いて、何を言って、がんばっているんでしょうか。
知られざる記者生活にメスを入れる、笑撃の連載がここに始まる。くしくも同時期に、小学館のビッグコミックスピリッツが「
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昨年、地元・秋田の新聞社に入社しました。現在は整理部という、レイアウトや見出しを担当する部署にいます。 |
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| ■北国の春。 2000年3月21日 |
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ひまだ。いや、いかんいかん、わたしは仮にも「謹慎中」。こんなセリフを吐ける身分では...。しかし、やはり、ひまだ......。思い出したように、高校のころ使ってた漢字や英語の問題集だしてきて勉強したりもしてるのだが、いかんせん、ひまだ。(勉強に集中しろって。)CDラジカセなんか、アパートのほうにあるし。音楽聞こうと思えば、車に乗ってるときでないと...。で、どこというわけでもなく出かける。この人口7万足らずの小っちゃい地方都市にあっては、出かける先も、あっという間にネタ切れ。きょうは、信号待ちしてて消防車とすれ違って、「Paper Woman」の馬場みかるよろしく、「追わなきゃ!」とUターンしてみたものの、(カメラは、APSの小さいのだけど、バッグに常備してる。ジャーナリスト魂、棄てるなかれ。)「火事現場をAPSで撮っても、本社にどうやって送るんじゃい」「大館総局から送るか...?謹慎中のわたしが行けるかい!」というのが頭をもたげ、ほどなく見失ってしまった。....記者失格...。ま、無謀ではあるのよ。ふつうに外勤記者やってたら、見失っても消防本部に電話して「いまの火事どこなんですか」と聞ける。しかし、いまのわたしは...記者ではない。カタガキ、名刺、そんなものない。やじ馬な一市民でしかないのだ。うーむ、会社を、記者という身分を盾にしないと何もできんのか。情けなし。初心、ひび入りかけ。 まぁ、それくらいで腐るわたしではない。気をとりなおして、飛行機を眺めに空港へ。秋田県には空港が2つある。ひとつは秋田市郊外の秋田空港。そしてもうひとつは、おととしオープンした大館能代空港(愛称・あきた北空港)。その名のとおり、大館市と能代市の中間に位置し、エアーニッポンが乗り入れている。東京へ1日2往復、大阪へ1往復。空港ができた当初の騒ぎたるや、大変なものだった。平日休日お構いなし。老若男女、見学の黒だかり。飛行機が着陸するといっては歓声があがり、離陸すると今度は拍手があちこちで....。まさに「おらほの(←わたしたちの)空港」の感。お盆などの繁忙期には、エアーニッポンの機体では限界らしく、親会社の全日空の大きな機体が、東京からの帰省客を吐き出していた。じつのところ、大館能代空港は、最近できた地方空港(佐賀とかね)の例にもれず、採算のほうはあまり芳しくない。大阪線は開港当初から低迷、東京線はもともと1往復だったが、好調にまかせて地元の代議士(前防衛庁長官)の後押し(ゴリ押し?)で2往復になった。しかし、発着時間がどうにも不便で、こちらも伸び悩んでおり、来月から再び1往復に戻ることが決まっている。秋田県北部は、どちらかといえば青森とのつながりが密だ。近い。だっておとなりだもん。世界遺産の白神山地だって、全国的に有名な十和田湖だて、青森となかよく半分こ(?)。県北部の住民は、県境を越え、青森へ買い物に行ったりするのだ。まろも弘前行くし。っていうのは前に書いたし。ゆえに、便数が少なくて不便な地元の空港よりは、車で1時間ちょっとで行けて、離発着数も断然多い青森空港を選んじゃうんだな。これは、前述の佐賀空港も同様で、国際線がバンバン出てて、東京線も各社が価格競争にしのぎを削る福岡空港に住民の足が流れているそうだ。実際、空港を誘致することで文明レベルが上がった錯覚に陥ったりもするんだろうし。現実はそんなに甘くない。大館能代空港なんて、周辺町村が、空港を利用するツアーに参加の住民に、1人3000円の助成をしている。....アホらし...。いまどき「わが町に空港を!」ってのはやっぱり時代遅れなのさね。 それでも地元は、観光需要の掘り起こしに力を入れてて、いまの季節、首都圏からのスキー客はとくに多い。東北では、鳴子や雫石、安比あたりがメジャーなところだが、秋田県内のスキー場は穴場的な要素がかなりあり、きょうわたしが空港に着いたときには、青森県のホテルの送迎バスが、秋田のスキー場で楽しんだスキー客を次々に降ろしていた。いやー、すごい。みぃんな、「都会の人」だ。東京で大学生活を送ったにもかかわらず、すっかり秋田人に戻ってしまったまろは、たまげてしまった。ふつーに、共通語しゃべってはるでぇ...。やはり秋田人の目に、東京人(いや、実際は埼玉人とか千葉人もいるんだろうけど)は異国の民だ。東京は雪もないだろうに、まだとっぷり雪のトンネルの中にいる秋田のこの山奥の里を、あの人々はどんなふうに感じて機内の人となったのだろうか。北国の春は、まだまだ遠い。 まろ |
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■書く。 2000年3月18日 |
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最後の投稿から早2ヶ月。Ocaから「凍死してんのか」とメールが来るくらい、まろは「書く」ことから遠ざかっていました。さらに、わたしの人生においておそらくナンバーワンを飾るであろう、ある重大な事件があり(モンダイがあるため詳述はしませんが)、4月から社会部に異動が決まっていたわたしは、急きょ、おそらく編集局外に異動することになります。「記者」じゃなくなってしまうかも。何年間か、にわたって。ですから、「美人記者」の看板、降ろすことになるかもなのです。ま、「美人」のとこは変更なしですけどね。フフ。とにかく、いま、実家で謹慎中なのです。教会へ行ってお祈りしたり...つつましく暮らしています。 紙面製作の現場を離れると、新聞って面白い。矛盾かな。新聞制作がしたくて入社したのにね。実際に原稿書いてるわけでもないし。じつは、まぁ今回の事件にかかわる部分なのですが、会社を辞める覚悟で「行動」したので、面白いネタを拾っても「あ、わたしは会社辞めるんだっけ」ってせつなくなったりもした。やはりこの1年、整理部という内勤の業務をしていたため、「外」に出たときに使う持ちゴマじゃないけれど、書いてみたいテーマはいくつか探していたので書かないまま辞めるのもったいないなぁ、って思ったりして。「新聞」という権力におもねるつもりはないけれど、自分が書いた記事、全県に配られるって、1回くらい体験してみたいじゃない! で、じゃあどんなのが書きたいかというと、ひとことで言えば、社会的弱者やマイノリティーの味方でいたい、と。とくにうちのクラス(上智の新聞学科)は、そういう精神もった「ジャーナリスト志望者」が多かった気がする。(Oca、そうだったよね?)書きたいこと書くまで辞められん、と思って、辞めないことにした。 3月。わが社にもすでに、新人研修のひよこちゃんたちが来ています。初心に帰る、いい「謹慎期間」になりました。ほんと、新聞見るのも嫌になってたから。みなさんも、身近なところで「初心」思い出してみてくださいな。けっこうイイよ。 まろ
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■Lots of things to tell you of all. 2000年1月19日 |
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書くことがいっぱいある! 欲張りまろは、きょう2つとも書いちゃいます。 其の壱 旅日記 先週、連休を利用して、山形は尾花沢の銀山温泉へ行ってまいりました。事前に、アクセスとかいろいろ調べるために、尾花沢市や山形交通へ電話で何度か問い合わせたのだが、印象は総じてよろしい。以前にもこのコーナーで書いたが、秋田は接客態度がすこぶるよろしくないので、こういう、ちょっとした「いいかんじ」に触れると、それだけでポイントアップ。「山形っていいトコ」って思える。その点でやはり、秋田は損してるかも。それにしても...最近の電車ってまぁ...。こんな秋田のような片田舎にも、従来のボックスシートではなく、東京で走っているような長いすの電車が導入されているのだ。かなり前から導入されていたのだが、これはちょっとすごい。東京ではせいぜい7〜8人掛け。秋田のはその倍は座れちゃう。そして、JR相模線なんかで見かける、あの「自分でボタン押さないと開かない&閉まらないドア」である。ホレ、雪国であるゆえ。暖房効率には人一倍気を遣うのデス。しかーも!このミラクルな(?)電車、青森〜山形間という、相当長い距離を走る。もちろん、途中、秋田を経由して、そしてノンストップではなく、ところどころに終点と始発があるのだが、距離にして400kmはちょろいのではないだろうか? なにがタイヘンって、毎日の通勤・通学に使う人たちはさほど長い距離乗らないんだろうけども、わたしのような旅行者にあの長いすはけっこう酷。不特定多数の人間が見えてしまうので、なんか疲れる。ボックスならおべんと食べても趣あるけど、長いすはそうもいかない。なんとも不便なものこしらえてくれたもんだ。ちなみに、泊まった旅館は、カリフォルニア出身の女将がいることで有名な「藤屋」。お料理が豪華すぎて食べきれじ。女将は2人目のお子さんを出産のため入院中で、かわりに、青い目のかわいらしい、2歳くらいの女の子が出迎えてくれた。もしかしたら将来の女将、かな?? 其の弐 祭りのスピリット 前回のこの欄で、お正月は弘前へお買いものに行ったと書いたけれど、今回はそのつづき。イトーヨーカドーの1階ホールで、「大館曲げわっぱ太鼓」が披露されていた。曲げわっぱ、というのは、まろの実家がある大館市の伝統工芸品で、民謡にも謳われているくらい有名なしろものです。曲げわっぱ太鼓を披露していたのは、大館の若者グループ。14歳〜25歳くらい。12人で、男女半々。これが、じつに楽しそうにバチを振るっては、いい汗をかいている。こんなに健全に、純粋にものごとに打ち込む若者がまだ大館にはいたんだ、と感動。弘前の買い物客から拍手喝さいを浴びる彼らが、なんだか誇らしく思えた日だった。まろは昨夏、秋田の夏の風物詩、竿燈まつりに会社の有志としてお囃子で参加したが、まろはここまで、魂まで注いで打ち込めるだろうかと、いつの間にかくたびれた「オトナ」になっている自分に気がついた。そう、純粋さって、コドモの専売特許。なんと言われても、そういう「コドモっぽさ」は持ちつづけていたいものである。 まろ |
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■Forgive me that I couldn't write for a LOOOONG time. 2000年1月6日 |
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みなさま、つつしんで新春のごあいさつを申しあげます。本年もご愛読のほど、よろしくお願いいたします。 長いこと書かなくてごめんなさい。スランプだったわけではありません! 単純に、書く時間がありませんでした。新年号が思いのほか、かなりの比重でのしかかってきて、どれくらいかというと、仕上がらなくて会社に泊まってしまったくらいです。自宅から徒歩10分の会社に泊まるこの屈辱(?)。なんて、フフ、勝手に応接室のソファで仮眠とってたら、すっかり寝すごしてしまっただけなのだけど。けっこういろんな面を担当して、見てくれるデスクもお疲れさまだけど、やってるほうも、そして整理部のさんざんなワガママに応えてくれる電算制作の人たちも大変なのです、新年号。てなわけで、三が日もすぎ、やっと落ち着いてまいりました。書きたいこといっぱいあるので、まず思いついた順に書いてまいりましょう。第1夜のきょうは「PRADA」。 幸いにもわたしたち新人ちゃんは、年末年始、しっかりお休みもらえてしまいました。ま、いわゆる「戦力外通告」ってやつ? 超繁忙期に足手まといにならないように、ね。トホホ。わたしの実家は秋田でもかぎりなく青森寄りで、お買い物なんかは弘前(ひろさき。青森県)に行くことが多いのです。だって、車で1時間くらいで行けてしまう。お正月の初売りは弘前へ、というのが、ここ数年わが家の定番であります。実際、デパートの駐車場で秋田ナンバーよく見かけるのだ。その日わたしは、母とともに弘前のVIVREへまいりました。狙うはPRADAのポシェット。もちろんもう社会人だし自分で買う。仕事のあいだ、ケータイを身につけていられる、小さなポシェットが欲しかったのだ。自分への投資は惜しまない!でもあだやおろそかなものは買うまい。母は、値段に目をひんむいている。そうだろうそうだろう。そこへ店員さん。「夏には、ねぶた祭りに提げていく人もいますよ」 ナヌ?! 世界のPRADAも、青森人の手にかかれば、「ねぶたを観に行くときの小物入れ」くらいになってしまうのか。しかもこの店員さん、わたしたち母娘が秋田から来ているとは知らないので、よけい、「青森人の常識」みたいなものを垣間見た気になってしまう。おそるべし、青森人...。でもわたしが感動したのはそんなことではなく。もし秋田で同じように、PRADAのポシェットを前に迷う母娘がいても、店員さんは「竿燈観に行くのにいいですよ」とは言わないだろう。ねぶたと竿燈、まつりの性格に違いはあれど、底辺に流れるスピリットに違いはありますまい。でも...そこになにか、青森人がねぶたに懸ける意気込み、魂みたいなものが感じられて、わたしは思わず「これください」と言っていた。母は、自分が支払うわけでもないのに卒倒寸前。母の「エーッ、買うの?!」という悲鳴のような声を聞き流しつつ、わたしは颯爽とレジへ向かったのでした。青森人の心意気に乾杯、いえ完敗。 まろ |
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■師走。 12月12日 |
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皆さま、お久しうございます。ちと投稿をサボっておりました。Oca殿は卒論忙しくてどーせ更新しないだろう、とか思って。 じつはちょっと忙しかったのです。ま、そんなの言い訳にしかならないんだけど。いま、わが社は新年号の制作に追われております。新年号、って、そう!あの元日にどっさり来るやつ。専門のデスクまで配置して、ガッチリ取り組んでいるんでありんす。まろは3つ担当することになっていて、ひとつを先日終えました。あとのふたつは文芸とラ・テ欄という決まりものなので「遊べる」面ていうのはこれしかなかったのだが。苦労して「うううううう」って悩んだわりには、できあがりは「げっ、手抜きやな〜」ってかんじになりました。秋田のコトバで「だじゃぐ」と言います(標準語で「惰弱」なのだが、標準語ではあまり聞かない言いまわし)。 例文>あや〜、だじゃぐだレイアウトだ。 訳 >あれー、手抜きなレイアウトだ。 でもねぇ...今年の3月までいち読者だった者としては。新年号なんてムダ! だって読まないでしょー。だったら小分けして2日にも配達してほしいもん。しかもいまはテレビもビデオもあるから、正月の娯楽が福笑いとか羽根つきとかしかなくて、新聞でも読むか、ってんでもないし。元日から営業するデパートもめずらしくなくて、まろもここ数年、初売りは欠かさず行ってるから、新年号なんて読みゃしない。自分でも読みゃしないモノをつくるのかー、と思ってたら、会社のオジさんたちも「誰も読まないよ新年号なんて」って言ってておいおいおい。じゃあいっそのこともうやめたら? ムダな労力をつぎこんで、徹夜とかしなくても...ね。もっと「読んでもらえる」新聞つくるほうに力いれようよ、ってかんじなんだけどな。 まろ |
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