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5月20日 |
大阪5局+1 民放新入社員飲み会 |
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この業界、やはりこういうことを企画する輩がどこかにいるわけで、声がかかって参加するということになると、なんだか華やかだよなあ、と実感する有様。まあ、各局の新人が集まったと言うことはこの中にはアナウンサーもいて、いずれどこかの野球選手や芸能人と結婚する人であったりするからなあ。実際飲んでみると、局ごとになにかしらカラーがあるような気がした。それぞれの人事部が、局の方針に沿った採用をしているから、まあそうなるのかも知れない。
僕はといえば最近話題の某局のディレクターの不祥事のことを口にしてしまって失礼発言だと避難されて。感じたのは、やはり関西出身or関西の大学卒業の人が多いなあ、ということ。僕みたいに、関西に関係なく育ち、この春から関西にやってきたって人は、ちょっと少なかった。
東京でも、こういった会は企画されていて結構派手にやっていたらしい。もちろん、そこには広告会社の輩が絡んでいて、めちゃめちゃおしゃれなパーティーだったとか。いわゆる業界であるっていうのはわかるけど、なんかそれをはなにかけているようで、なんか違うなあって気はする。ただ、同じ業界で競い合うライバルたちに会えたってのは、僕のやる気にちょっと火を付けた。同じ時期にスタートを切ったこいつらには、負けていられない。と密かに闘争心を燃やしつつも、かわいい女の子の横に座って楽しくお話しした夜でした。 |
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5月17日 |
かんさい放送と技術フォーラム2000 |
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NHK大阪で開催された、「かんさい放送と技術フォーラム2000」に、データ部から僕だけ一人で参加してきた。報道ライブラリのデータベース構築、ライブラリシステムの運用、といったことをいずれやっていかなければならないので、まあその最先端の話でも聞いてこい、こいうことで行って来たのだが。僕は技術畑の人間ではないので、専門用語が出てきた途端にちんぷんかんぷんになる。出席者も講演する人も、技術の人間だ。その中でライブラリに関する話は2つくらいだったので、その2つだけ聞いてきた。このフォーラムは、なにやらNHKばかりが目立って、民放はお情け程度に参加している、といった感じだった。参加しているのも、そういえばNHKの人が多かった、というか、民放の人はほとんどいず、はしっこにちょっといるくらいだったりする。
フォーラムの内容はまあ置いとくとして、NHK大阪の社屋の感想を。NHK大阪は、現在近くに立派な新社屋を建設中なだけに、今の社屋は昔の学校の校舎みたいに、汚い。確か近くにある大阪府警も校舎みたいだ、と昔表現したような気がするが、それよりも汚い感じがした。壁も階段もなんだか、暗い。新社屋が建つまでの我慢ってったって、結構これは、ひどいような気が。ただ、隣に建設中の新社屋は、なんだかすごいことになっているようだ。途端にうらやましくなってきた。そんな感想を持って、NHKを足早に去っていった。 |
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5月16日 |
報道編集デスク |
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報道内での部署を回らせてもらって、ようやく、本来のデータ部に戻ってきた・・・・・・とおもったら、今日は報道編集のデスクについて、報道編集研修。まあ、デスクの側にいて、デスクの仕事の様子を見ながら報道編集の現場をじっくりみる、ということだ。
このデスクは春まではばりばりの記者だった。この春から、記者側からも責任持ってしっかりとデータ・ライブラリを担っていこうということで、データ部の仕事に関わっており、いろいろな意見を言ってくれている。常に正論を通そうとするひとで、彼のその姿勢は、敵を作りやすかったりもするのだが、僕はそのまっすぐさが大好きだ。尊敬している。彼は、会社の組合の役員もやっている。
配属以来、データ部門の仕事をし、記者部門・カメラ部門の仕事を体験させてもらった後なので、残りは編集、というわけだ。ここが分かった上でないと、データ部での報道ライブラリ構築の仕事は、見えてこないと部長は言う。
各ニュース枠のひとつひとつのニュースについて、編集マンを割り当てる。編集マンにも経験の差や得意分野、あう記者あわない記者があるのを考慮した上でデスクは編集マンにニュースを振り分ける。素材=テープが時間に余裕を持って本社に届くときもあれば、ニュースの時間ぎりぎりに追い込みで入ってくることもある。編集マンもプロだから、決してニュースに遅れることなく、絵をつぎつぎと繋いでいく。記者と意見が食い違って喧嘩になることもあるという。カメラマンの撮った絵がどれも使えない絵で、編集のしようがないこともあるという。しかし原稿に沿って映像がつながれ、オンエアでばしっと決まったときには、それこそ「やった!」って言いたくなる編集マンの気持ちも分かる。逆に、オンエアミスなどでせっかく編集した映像がオンエアされなかったりタイミングが違った場合には、ものすごくがっかりしてしまう。
デスクは、そのへんのこともニュース後に各編集マンに声をかけていた。うまくほめ、うまく適切な意見を述べていた。しかしこの編集室の人たちほど、絵にこだわって各社のニュースを見ている人はいないだろう。「うっわー、あそこはあんな絵がとれていたのか、いーなー!(ウチにはなんでないんだよっ!)」「あの繋ぎかたはすごいなー、ああいう方法もあったのか」「そのラストカットはおかしいだろう!」と、オンエア中にいろんな声が上がってくる。編集って、やはりニュースにとってものすごく重要なことなんだ、と感じた。現場を映像で見る人に、どれだけわかりやすくニュースを伝えるか、その流れをつくるのは、やはり映像がどういった順番でどのくらいの時間つながれているか、によるからだ。いくら素晴らしい原稿に最高の映像があっても、順番がめちゃくちゃならホントわかりにくいニュースになるし、原稿と映像がイマイチでも繋ぎかたが見事なら、急にわかりやすいニュースになったりする。ニュースって、ほんと奥が深い。 |
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5月15日 |
広報局 視聴者センター研修 |
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視聴者センターで一日、電話番。番組への意見・感想や苦言などの電話を受けるところである。以下に、視聴者センター研修後に提出したレポートを掲載する。なお、番組名、局名は諸事情を考慮した上、ふせさせていただきました。
●●●視聴者センターでの研修を終えて●●●
「おたくみたいなのを、クレーマーっていうんだよっ!」
一人のユーザーからのビデオ機器の不具合についての執拗な問い合わせに、東芝の広報担当が浴びせた言葉だ。そのセリフが音声データとしてネット上で公表・配布され、ユーザーに対する無責任でいいかげんな態度に、東芝に非難の声が相次いだ。この昨年話題になった東芝クレーマー事件以降、ネット上での企業告発が相次ぎ、改めて企業の問い合わせ対応のあり方が問われるようになった。
当時あるアルバイト先で以上の一部始終を見聞きしていた私は、今回の研修は相手を不快にさせないことに徹しようと決めていた。どんな厳しい指摘が来るのかとはらはらしていたのだが、私が取る電話はどれも熱心な問い合わせばかり。テレビがひとつの生活情報源として機能していることを肌で感じることができた。
当日の「●●の●●」(←すいません、番組名は、局名がわかってしまうのでWEB上では公開できません)で、「医者に紹介され京都で買ったタワシを使うことで、病気が治った」とゲストが話した。その直後から、視聴者センターの電話は鳴りっぱなし。「京都のどこで買えるのか」という問い合わせが、夕方までに80件以上あった。●●●●●側(←この番組を制作している、東京のネット局です。ヒミツにさせてもらいました)は、タワシに関する問い合わせには応じないという方針を押し付けた。それぞれの電話に事情を説明して理解していただいたのだが、「腕が上がらない」「息子の病気を治したい」など、すがる思いで電話をかけてこられた方もいた。事前に送られていた番組進行予定のファックスを見ると、トークのタイトルに「タワシ健康法」としっかり書かれていた。ウチに問い合わせの電話が殺到することはある程度予想出来たはずだ。教えることができないなら、「京都」なんて言わせなければよかったのに。結果的に我が局は80人以上の視聴者を失望させた。事前にチェック出来ていなかった我が局にも問題がなかったとは言えない。
メーカーと違い、放送メディアは視聴者に直接なにかを買ってもらっているわけではないので、放送後のケアはおろそかになりがちかもしれない。しかしその処置にこそ、放送局のステーションイメージが左右されることを、身をもって知った。いい加減な対応をしていれば、明日にでもネット上で告発されかねない。警察の不祥事が相次いでいるが、次のターゲットは間違いなく、私たちだ。これを忘れないで、いち放送メディアの社員として、オンもオフも責任のある態度でありつづけなければならない。新入社員研修が終わって1か月、大事なことを思い出させてもらった。 |
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5月10日 |
八尾空港 |
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カメラ研修の一環で、八尾空港でヘリ待機のカメラマンに同行。火事や大きなニュースの時、テレビニュースはしばしば「空撮」という手を使う。地上からだけでなく、空から撮った絵を使うことで、ニュースに立体感が出るからだ。地上では建物がじゃまでわかりにくかった位置関係も、わかりやすく伝えることができる。空撮は、下にカメラをくっつけたヘリコプターにカメラマンが乗り込み、コンピューターゲームのようなカメラ操作盤を巧みに動かして、撮影する。そのカメラを搭載したヘリが、八尾空港にあるので、毎日一人のカメラマンがそこに夕方まで待機するのだ。在阪の他局も八尾にヘリを置いている。
ただ、火事や重大ニュースが起こらないと、八尾での待機は本当にヒマである。一台のテレビをつけたまま、本を読んで時間を過ごす。何も起こらなかった日は、そこにいただけで勤務は終了してしまう。しかし、報道のヘリはときどき、墜ちる。同じ事件の取材で他局・他社のヘリとぶつかることもあれば、山に墜ちることもある。いや、実際に、あったのだ。これまでもヘリに乗ったカメラマンが何人か、事故で亡くなっているという。カメラマンは命を懸けて取材しているということを、報道に関わるものとして、肝に銘じておかなかればならない、と思った。 |
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5月8日 |
カメラ研修 |
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今週はカメラ部門で研修。テレビニュースは、カメラマンが撮ってくる絵がないとはじまらない。絵があってこそ、現場の緊迫した様子や取材対象者の表情という、原稿にならない部分を伝えることができるのだ。
まずは、カメラの基本的な構造と使い方。実際に肩に担いでみたのだが、想像以上に重い。こんなものを担いで取材対象に迫るカメラマンって、タフだ。
昼からは、夕方ニュースの最後のイベント情報の取材。食堂で開催されている絵の展示の取材に同行した。昼過ぎということで、まだランチ客がちらほら。狭い食堂の中を撮るのは、本当に難しい。そこでカメラマンは、ちょっと調理を中断してもらい、厨房に入って、厨房から壁に飾ってある絵を撮影した。いい絵を撮るためになら、どこにだって、入るカメラマンの姿に感心した。いいニュースは、わかりやすい原稿と最高の絵とテンポのよい編集でつくられる。カメラマンは、最高の絵を撮るために勇気を持って道なき道を入り、これだ、と思う絵を撮ってくる。いいカットをどこまでも探す探求心、カメラマンにはこれが必需であると感じた。 |
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5月7日 |
24歳になる |
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誕生日だ。24を迎えて、思うこと。結構、ブルーだ。高校時代から考えると、ノストラダムスの妙な予言に過剰反応した日本のメディアのあおりを受けて、僕らの人生は23の夏に終わるという人生観を意識しなければならなかったわけで。だから、24っていうのは、具体的に想像できなかった。
そして24になり、両親からやっと独立し、自分の稼いだお金だけで生活を営んでいる。十二支のいう節目にあたり、次の節目である36歳のときには、きっと妻も子どももいるだろうし、仕事でもかなり重要な位置を占めているはずだ。いわば、12から24の間は、自分の道を選ぶ道のりで、24から36の間は、選んだその道を切り開き、前に進んでゆく道のりだろう。後戻りはできない。今は、他の可能性よりも、自信を持って選んだこの道の先を見据えることに力を注ぐ日々なのだと思う。
順調で人並みな人生設計からいえば、僕の24は社会人2年目、のはずだった。一年の遠回りを大学時代にしてしまったが、この一年が大きかった! 「ドキュメンタリーをつくる」という夢に向かって、本当に真剣に取り組んだのは、その余分な一年だったからだ。
その一年でせっせとまいた種は、いままさに芽が出ようとしている、はず。
自分の選んだ道に誇りを持ち、そこを進む自分を信じている僕がいて、へこたれそうになったときには、僕のしてきた決断を見守ってくれた古くからの仲間が適切な助言をくれる。これほど幸せなことはないんじゃないか、と思う。こんなに自分が幸せなのも、24年前に両親が僕の「オギャァ」という泣き声に喜んでくれたからで、それを考えると、両親への感謝がじわりじわりと湧いてきた。両親から独立した今こそ、誕生日というのは自分が祝われる日ではなくて、自分という存在をこの世に創りだしてくれた両親に感謝すべき日なんだなあって、考えることができた。父さん母さん、本当にありがとうね。
これからも僕らしく生きていくので、あったかいめで見守っていて下さい。 |
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5月5・6日 |
会社の保養所を使ってみる |
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5・6の連休で、同期の数人で伊勢・賢島にある会社の保養所を使って小旅行に行った。大阪駅集合で、車で木津川の河原へ。バーベキューをしている人たちが多い中、そこで昼食。コンビニおにぎりも、青空と新緑の山ときれいな川とせせらぎの音の中では美味しく感じる。データ部から借りたデジタルビデオカメラで、旅行の様子を撮影する。車の中で仕事の話やたわいない話をしながら、賢島に着いた。風呂にビールにおじちゃんおばちゃんのホスピタリティ。鯛の舟盛り!松阪牛のしゃぶしゃぶ! とびきり安い値段でこれだけ豪華な料理が食べられるなんて。
ただ賢島のあたりにはゴルフ場以外にこれといった娯楽施設がなく、ゴルフをする予定もない僕らはただお酒を飲んで喋っているだけだった。しかし、それぞれの部署に散ったライバルたちが会社を離れた環境で喋るということは、意義があった。こういう機会は、年に2、3度は持つべきだろう。
次の日は、近くのパターゴルフ場でクラブを振った。うまく打てない! データ部の先輩方はよくゴルフに行かれて、かなりうまいと聞いているから、万が一誘われたときに、これでは迷惑をかけるだけかもしれない・・・。そんな不安を抱えたまま、神戸に戻った。
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5月3日 |
休日出勤 |
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今日は憲法記念日。世の中は祝日。電車も休日ダイヤ。しかし、報道に休みはない。ニュースに休みはないからだ。そんな報道でも、データ部の社員は土日は休みである。しかし、祝日は誰か一人が出勤していなければならない。きちんと、夕方のローカルニュース枠があるからだ。休日は、会社の入口も裏口しか開いておらず、ランチをやっている店も少なかったり、フロアにいる人もまばらだったりする。報道ではいつもより少し寂しい感じだけれど、他のフロアは電気がついていないところもあるくらいだ。
かといって仕事が少ないかといえば、そうでもない。テープの貸し出しは頻繁だし、前日のニュースの量は平日で多いから、番号を付けるのもたいへん。いつもの平日並みの仕事量なのに、出勤しているデータ部の社員が少ないから、仕事が集中するのだ。しかしサラリーマンたるもの、休日出勤は体験しておかないと。世の中が休んでいる間に働くのは、世の中が寝ている早朝に受験勉強をして成果を上げた高校3年の初夏を思い出して、なんだか心地よかったのでした。 |
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5月2日 |
カメラ部長に気に入られる |
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仕事の合間に、前日の視聴率の表を確認していた。一生懸命つくっているニュースは、いったいどれだけの人に見てもらえているんだろうか。日にち・曜日によって差はあるが、特に力を入れている夕方のローカルニュースは10パーセントを超えることはまずない。報道にきて、どれだけに人に見てもらうかということよりも、どれだけ質の高いニュースをつくるか、が気になっていた。しかし見てもらえなければクオリティの高いニュースに仕上げても意味がないわけで。ひとつインタビューが中心のニュースをつくるにしても、いかに視聴者を引きつけるか、考えなくてはいけない。自分の担当したニュースがつまらなくてチャンネルを変えられてしまっては、その後のニュースを担当している先輩にも、申し訳がない。
視聴率表をよほど真剣に眺めていたのか、そこに近いところに机があるカメラ部長が声をかけてくれた。視聴率表の見方、これからの放送業界、BSの脅威。某ネットワークのニュースサーバーの話。NHKがBSに関しては5年先を行っているという話。カメラマンの職人性について。映像的にかなり意識された日曜夕方の某番組について。新入社員研修の時に厳しい表情で話をしたカメラ部長が、おだやかに、しかし強く力説してくれる。最後に彼は、「広い視野で、先を読め」と、僕との楽しい、ためになる会話を締めくくってくれた。かれこれ彼の机のそばのソファーで2時間くらいは喋っていた。新入社員って、やはり珍しい存在だから、「アイツどんなやつなんだろう」って、きっちり見られているのかもしれない。これは、今後欠伸なんかできないな。 |
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5月1日 |
ニュースセンター新入社員歓迎会 |
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今週は他の報道の部署での研修はなく、データ部に戻った。
記者研修の時のいそがしさ、常に時間を気にしながら動いていたせわしなさに比べ、データ部はやはりちょっとのんびりとしているところがある。
テープの貸し出しが、意外に多い。ニュース用の貸し出しと、社会情報センターの人への貸し出し(ワイド番組用)、制作の人への貸し出しは、それぞれに著作権問題が絡んでいて、以外にややこしい。ニュース用なら著作権問題は簡単にクリアできるのだが、制作の人がバラエティ番組などで使用する場合は、使える素材と使えない素材、許可を取らなければならない素材などがある。例えばインタビューなどは、「ニュース用に」ということで取材しているので、そのテープをニュース以外の番組に使用すると、インタビューに答えた人の肖像権を侵害する。
で、夜はニュースセンター全体での新入社員歓迎会。営業などではしっかりと企画した芸をやらなければならないらしいが、報道ではそんなことはなかった。しかし、やはりよく飲まされたし、もちろん終電には間に合わなかった。でも、現役ばりばりの記者たちとこうやって酒を酌み交わして話をする機会は、貴重である。 |